21世紀鷹峯フォーラム2019シンポジウム
ていねいな日本
Le Japon Artistique
茶の湯・工芸・建築
茶の湯と工芸を、そこに場を提供する建築。
それぞれの分野を代表する方々と、私たちの暮らし・住まい・文化を考えます。
【日 時】 2019年6月29日(土) 14:30-16:30(開場13:30)
【場 所】 東京国立博物館・平成館大講堂 (参加者:約130名)
【参加費】 一般 3000円(東京国立博物館常設展示観覧料含む)完全予約制 チケット制
【主 催】 一般社団法人ザ・クリエイション・オブ・ジャパン(CoJ)
【後 援】 東京茶道会 認定NPO法人趣都金澤
ー 鼎談 ー
茶 道 田中 仙堂
[大日本茶道学会会長 公益財団法人三徳庵理事長 東京茶道会理事]
工 芸 室瀬 和美
[漆芸家 重要無形文化財(蒔絵)保持者 公益社団法人日本工芸会副理事長]
建 築 亀井 忠夫
[建築家、株式会社日建設計代表取締役社長]
ー モデレータ ー
秋元 雄史
[美術評論家 東京藝術大学大学美術館館長]
ー プレゼンテーション ー
恵良 隆二
[一般社団法人ザ・クリエイション・オブ・ジャパン 監事 公益財団法人横浜市芸術文化振興財団 代表理事・専務理事]
<第一部>
- (1)開会宣言[CoJクリエイティブディレクター 田中孝樹]
- (2)CoJの活動紹介[CoJ 恵良隆二 監事]
「少し自慢話になるかもしれませんがご勘弁下さい」との前置きのあと、多岐に渡るCoJの活動から下記の3点に絞って報告。いい意味での「自慢」がこの会のキーワードのひとつになる。
① 「工芸英訳ガイドライン」:綿密な調査・アンケートを元に、ロンドンで有識者を集めた協議を行い、一定の成果。
いままで訳語がバラバラだった国宝志野茶碗 銘「卯花墻(うのはながき)」に、相応しい英訳語の提案ができたのはその一例。
②「21世紀鷹峯フォーラム」:京都・東京・金沢の三か所で開催し、工芸をめぐる連携の場が確実に拡がってきている。
③「工芸ピクニック」:金沢21世紀美術館前庭、ロンドンチェルシー薬草園、丸の内仲通りでの実施例をスライドを交えて紹介。
楽しく工芸をつかい・自慢しあう新たな対話の場として各所で快く受け入れられ、工芸の再評価に繋がっている。
- (3)司会の秋元雄史氏登場
登壇者3名の方々による簡単な自己紹介
田中 仙堂 氏:大日本茶道学会 会長 公益財団法人三徳庵 理事長 東京茶道会 理事
・ ご自身の活動として「『茶の湯』展シンポジウム」、「茶道から学ぶていねいな暮らし」の両シンポジウムに登壇。
・ 茶道工芸展の「仙心会」、さらに様々な分野で活躍する方々を招きお茶とのつながりを軸に日本文化について語り合うトークショー「お茶つながりがおもしろい」を継続して開催。
・小さな茶室と大きな茶室を対比的にスライドで紹介し、茶の空間が工芸品によって成立していることを説明。
室瀬 和美 氏:漆芸家 重要無形文化財(蒔絵)保持者 公益社団法人日本工芸会副理事長
漆を用いた「研出蒔絵(とぎだしまきえ)」の専門家
・ 1954年制定の文化財保護法に基づく「日本工芸会」の副理事長として世話役も務めており、会のメンバーと毎年9月に日本橋三越で「日本伝統工芸展」を開催している。
・ 蒔絵螺鈿(まきえらでん)を施したハープ(MOA美術館)、メトロポリタン美術館、大英博物館の所蔵作品を紹介。
・ 文化財保存活動:創作と並行して模造・修理なども手がけている。800年前に作られた三嶋大社(みしまたいしゃ)所蔵の「梅蒔絵手箱」の模造、鎌倉・東慶寺所蔵の「葡萄蒔絵螺鈿聖餅箱(せいへいばこ)」模造などスライドで紹介。
亀井 忠夫 氏:建築家 株式会社日建設計 代表取締役社長
・ 工芸と建築がかかわる実例として自社の実績から、対照的な性格を持つ「京都迎賓館」と「YKK80ビル」を紹介。
・ 前者は指物・飾り金具・つづれ織など工芸の伝統技能を縦横に活用した日本建築。
・ 後者は現代建築。アルミの簾、アルミの天井装飾、ウォールナットにアルミ型材を象嵌した壁面装飾など、工芸的にデザインした工業製品を多用。
<第二部>
(1)今回のシンポジウム開催の経緯を紹介。CoJ主催の21世紀鷹峯フォーラム、特にフォーラムの際に開催した円卓会議を下地とし、金沢発の工芸建築のアイデアにも刺激を受けながら、このシンポジウムにつながった。
概略は下記の通り(CoJ田中)
・ 円卓会議:工芸に関わる様々な立場の方々が文化・暮らし・住まいの視点から工芸を見直していく、楽しくフラットな話し合いの場。2015年第1回の21世紀鷹峯フォーラムの際にまず京都で開催。その後、東京及び金沢・石川でも開催し、横断的なネットワークを構築してきた。
・ 2016年、金沢21世紀美術館で「工芸建築展」開催。当時館長だった秋元雄史氏の監修による企画展で、出品者が各自自由に解釈した工芸建築が新鮮な印象を受けた。
なお、この工芸建築展の参加者で構成されたチームがコンペに勝ち、2020年春にベルリン国立アジア美術館に「ゆらぎの茶室」がオープン予定。早くも工芸建築のひとつが具体化することになった。
・ 建築家小津誠一さんから、「工芸建築では、ふつうの建築とは逆に、時が経つにつれて価値の増えていく建築ができないか」とのアイデアをお聞きし、工芸と建築をつなげて考えることの豊かな可能性を確信した。ヴィンテージマンションやクラシックホテルは実在する。
・ 紀元前のローマ人建築家ウィトルウィウスが、建築とは「強・用・美」であると説いていたことを、亀井忠夫氏からお聞きし、工芸とも繋がりが深いことを確信。
・ 「強」とは、時代を超える堅牢さ、「用」とは役に立つこと、「美」とは美しさを備えていること。これが名建築の条件。
・ 「強・用・美」との関連で室瀬和美氏からご発言。登山家の三浦雄一郎氏のご子息のご依頼により、エヴェレスト登山用に丈夫で軽い漆の特性を生かしたごはん茶椀を制作し、「チョモランマ」と命名。大任を無事終えた「最も過酷な環境を耐え抜いた漆食器」の実物もご披露いただいた。
工芸にはまさに「用」の要素が必要。
(2)赤白カードによる肩慣らし:工芸と建築について(CoJ田中)
CoJが用意した2つの問題につき会場が赤白カードで反応
・ 木目をプリントした集成素材を建材として多用した建築を、工芸建築として誉めて良いか?
→半分以上が「誉めてはいけない」
・ 住めない・使えない古民家があったとして、次世代に残すべきか?
→大多数が「残すべき」
(3)「茶の湯・工芸・建築」に関し、登壇者3人よりキーワードの提示及び補足説明。各登壇者がご自身の体験・知見に基づいた言葉のエキスを提示。
・田中 仙堂 氏
「茶の湯」:場に人が集まるための仕掛け。「語りたくなるものがある」ことが基本。
「場」:「場」にはルールがある。場にふさわしい自分になろうとすることが重要。その気持ちが文化をつくり出し、文化を支えている。
「場と対話」:対話とは「説明」ではない。同じ土壌に立ってするのが「対話」。
「意識を通わす場をつくると、語りたくなる」
「もの 工芸」:よい褒めかた 愛でる喜び 自分一人のものではない 気が付いた自分も喜べる
皆が出会えてよかったという喜び。
・亀井 忠夫 氏
「茶の湯」:亭主も客も「もの/意識/感性」を披露し合う場。
「茶室建築」:連続する空間体験を促す「時間」の演出・空間体験、「シークエンス」の設計、機能よりも感性
予定調和でない、設計以上の職人の技。
「工芸の技」:プロジェクトがないと引き継がれないものもある。
Cf.京都迎賓館、式年遷宮
「工芸」:豊かな心と緻密な技。自然の恵みを造形する
「もの」がなりたがっている姿に誘導、素材へのリスペクト
無理は禁物だが、つくり込みには密度が必要。
・室瀬 和美 氏
「茶の湯の工芸」はありとあらゆる工芸のコラボ空間
「ものを通して人のこころを通わせる場(時間と空間の共有)」とするため、亭主は相手を慮りつつ素材も技も全く異なる工芸品を巧みに取り合わせる。
・ 赤白カードによる会場参加(秋元)
感動したお茶会に出たことのある人は?→1/3が出たことある
美的レベルの高いものをつくるのは予算もかかる。これでよいか?→ほぼ全員「よい」
素晴らしいお茶会に参加した方もおられ、美的なものをつくるためには予算をきちんと割くべきだ、とのご意見が多く、文化に対して意識の高いオーディエンスであることがわかる。(秋元)
・ 「式年遷宮」についての補足説明(室瀬)
建築だけでなく、宝物(工芸)1,580セット(点数にすると数千点)もすべてつくり直す。これは工芸の技の継承にとって極めて重要なこと。ふつう20年のうち約10年かけて制作。職人はあとの10年は仕事を探して次の遷宮まで食いつなぐ必要がある。
・「モノ」ではなく「技術」を残す仕組み
→人間国宝(重要無形文化財保持者)制度:1955年に世界初、モノでなく人に与えられた日本の制度。
フランスで25年前これに倣った制度が成立。(室瀬、秋元)
近年日本の工芸に力を入れるロエベの例にもあるように、素材を知って技を持つ職人は世界的に見ても貴重。
高級品の商品開発にもつながる。日本では身近にありすぎてかえってその価値がわからないのかもしれない。(室瀬、秋元)
・ 工芸のコラボ空間としての茶室について補足(室瀬)
ありとあらゆる素材が工芸品として3畳ほどの茶室空間に凝縮されており、しかも工芸品すべてに物語がある。
ただし、非日常であるお茶室での振る舞いを日常に持ち帰ることも必要。
例)お茶懐石では漆器でご飯を食べるのに、日常ではなぜ陶器を使うのか?
漆の「チョモランマ」も当初からご飯茶椀。(室瀬)
・ 工芸の時間
経年変化を味とするような時間軸の長い楽しみ方もある。
長年使い込まないと根来(ねごろ)漆はできないし、400年前の竹と同じものはできない。(室瀬)
・ 茶道具
茶人の自慢話に付き合うだけでなく、自分で発見する喜びを見出してほしい(田中仙堂 )
美術館・博物館と違って、お茶会では実際に触覚を含めた五感で道具を感じることができる。
お宝が惜しげもなく出てくるお茶会もある。(田中仙堂 、秋元)
・美学
視覚を手掛かりに理屈のつくものだけが、西洋的美学の対象。触覚・嗅覚など説明しにくい複雑な要素は、その美学に含まれない。とすると「説明できない」が最大限のほめ言葉かもしれない。(田中仙堂)
- (4)まとめ
・亀井 忠夫 氏
建築の「美」:ふだん意識しにくいが、少し意識すれば容易に見いだすことができるもの。建築の美的な価値にもっと目を向けて欲しい。
パトロンの重要性:モノを残すためにはプロジェクトが必要で、そのためにはパトロンが必要。現代のパトロンとは何かを問う必要もある。パリのノートルダムが火災に遭った時に、すぐにフランスのある企業から支援金が寄付されたことは記憶に新しい。
・田中 仙堂 氏
キョロキョロ見ること:茶室の仕組みがわかると色々なものが見えてくる。下を向かずにまずキョロキョロ見て欲しい。
モノとココロの関係:モノとココロは対立するものではなく、ココロを豊かにするモノという発想が大切。
・室瀬 和美 氏
茶室:釘1本使わずに自由に解体・組み立てできる、究極の日本建築。
今世界的に注目されている再生・持続(サスティナブル)の概念を茶室は何よりも具現している。
再生・持続可能性:赤白カードの質問で出た、木目を用いた集成材の話。無垢の材料であれば、長期にわたって何度でも使いまわすことができるが、もし木目を得るためだけに木材を0コンマ何ミリまで薄く切ってしまうと再生できず、持続の考えにはそぐわない。90センチまで伸びるのに、何百年かかる木もある。何百年かかって育った木は何百年も使いたい。
漆は高いか?:漆の器が1万円、プラスチックが100円であっても、自然を壊すコストを考えればどちらが高くつくのか?素材に無理をかけず、素材に寄っていくのが工芸である。自然の素材を用いて「なりたい形に(亀井)」加工した工芸だからこそ長持ちし、そこに現代的意義がある。
近代文明の問題ではあるが、次の世代に何を伝えるかを考えるときに、持続の問題は重要。(秋元)
赤白カード
究極の茶室をつくろうとしたときに、スポンサーに手を上げてくれますか?
→ほぼ全員スポンサーになるとの答え
会場の質問
(質問)東京藝大建築科学生:鉄骨に木目を付けた場合、その技術も素晴らしいし、文脈によっては評価できるのではないか?「正直であればいいデザインと言える」と学校では教わり、自分もそう思っている。
(亀井)例えば木目などを印刷したシートを使用して欲しいとのリクエストが出た場合、デザイン意図をそこに込めるように工夫して使っている。
(室瀬)先ほどは、印刷シートの話ではなく、木を薄く切ってしまう話だった。
(田中仙堂)室瀬先生の発言では「木を薄く切って表面に貼るのは、持続の概念から薦められない」という主旨だった。デザイン上の必要があれば、木目調のダイノックシートを貼ってもよい。
(質問)住めない古い建物は評価されるべきか、という先ほどの赤白カードの問いに対しては、自分としては「住めるに越したことはないが、古い建物を残すことだけでも大変なのだから、評価されるべき。住めない・使えないという理由で修復もできなければ、ますます劣化が加速する」と考える。
ところで、平城京のような「新築の古い建物」についてどう思うか?昔の機能を再現するのではなく、1/1の模型のようなものを作って意味があるのか?
(亀井)復元の用途をはっきりさせることが重要。
(室瀬)用途が大事。薬師寺の西塔復元は、用途がはっきりしており意義がある。工芸の分野で、展示品などの文化財の復元には二つの意味がある。技術の継承と、本物を守ること。復元品を展示することで、本物の紫外線劣化等を防ぐことができ文化財保護につながる。
以上、茶の湯・工芸・建築をめぐって、様々な気づきのある2時間だった。モノとココロは対立するものではなく、工芸や建築はココロを豊かにするモノである、という田中仙堂氏のご指摘にはなるほどと感服した。日本の文化にずっと影響を与え続けてきた茶の湯の精髄を見る思いだった。最後は、持続可能性という極めて現代的な課題にも話が及び、我々の問題意識が未来に向かって開かれていることを自覚することができた。登壇者、関係者の方々に心から御礼を申し上げます。