工芸ピクニック

工芸ピクニックの心得9か条

工芸ピクニックの心得9か条


【心得成立の経緯】

ピクニック文化を定着させようと国内外で大活躍している「東京ピクニッククラブ(以下TPC)」。このクラブの方達との出会いを通じて、「工芸ピクニック」そして「工芸ピクニックの心得9か条」は生まれました。

ここでは「工芸ピクニックの心得9か条」についてお話をしましょう。

TPCには15条からなる「ピクニックの心得」があります。簡潔でユーモアもあり、かつピクニックの本質を提示しています。私たちもこれに倣ってスカッとした「工芸ピクニックの心得」を作りたいと考えました。心得といっても堅苦しいものではありません。「なんとなく楽しそうだな、工芸ピクニックを自主的にやってみよう」と感じていただけるように、TPCの皆さんにも全面的にご協力いただきながら作りました。

喧々諤々の議論を経て、後述する9か条からなる「工芸ピクニックの心得」ができあがりました。


私たちにとって幸いなことに、シンポジウム「茶道から学ぶていねいな暮らし」(平成29年10月12日、金沢21世紀美術館にて)において、この生まれたばかりの9か条を話題にしていただくことができました。その折のご専門家の皆様による貴重なご意見、ご指摘も以下に適宜ご紹介して参ります。総じて私たちの心得が古来脈々と培われてきた茶道の精神に深く通じていることがわかり、大変嬉しく思いました。このシンポジウムでは地元石川から茶道裏千家の大島宗翠氏、東京から大日本茶道学会の田中仙堂氏、茶道宗和流の宇田川宗光氏をお招きし、シンポジウムの進行を金沢21世紀美術館の島敦彦館長にお願いしました。

以下順を追ってひとつずつ解説します。

Rule 1:工芸は社交である。語れ。褒めよ。

工芸ピクニックの基本精神を最初に高々と掲げたいと思いました。「社交」「褒めよ」とすることで、自慢、侮辱、悪口、悪意のある比較はやめて、形式張らずとも、楽しく、気持ちの良いピクニックにしましょう、という気持ちをストレートに込めました。工芸をキーワードにコミュニケーションを活発にし、一層工芸を好きになってもらうきっかけとなるように「語れ」としました。

「実は茶会では亭主は自分の気に入っているものを出しているので聞いて欲しいんです。何も聞かれていないのに自分からドンドン言うのはずうずうしいけれど、きっかけさせあればどんどん話し出すのに、と思っているのです」と、お茶人の「語り合いたい」本音について田中仙堂氏から御説明がありました。TPCの心得第1条「ピクニックは社交である」へのオマージュでもあります。

Rule 2:ピクニックにホストはない。全ての人が平等な持ち寄り食事が原則である

みんなが平等の立場で作り上げていくのが「工芸ピクニック」です。食べ物も飲み物も各自が持ち寄ります。お茶の世界では亭主が客をもてなすものというご指摘が宇田川氏からありましたが、この点においては茶道とはやや異なるようです。TPCの心得第5条をそのまま拝借しました。

Rule 3:持ち物は飛びっきりのお気に入り

こんなものを持っていって、みんなに笑われたらどうしよう?多くの人が抱くかもしれない不安に対しての一つの回答です。誰にどんなことを言われようと、自分がすごく気に入っていればいいのです。前述のシンポで「ものの価値」について、大島宗翠氏は「最終的には持っている人が決めるもの」と答え、田中仙堂氏は「主観的な価値と客観的な価値がある。BBC英国放送協会(British Broadcasting Corporation)になんでも鑑定団のような番組があって、客観的にそれほどではないものに対して出演の鑑定士さんが主観的な価値を強調して「大切に持っていて下さい」と言っていた」との事例を紹介しました。Rule 1にもあるように工芸ピクニックはあくまで社交。あなたの持ち物を悪くいう人はいないはずですし、いてはならないのです。

宇田川宗光氏からは「お茶人はお気に入りの器には箱をつけたり、名前をつけたりする。ものに対する愛情が深い」とのコメントもありました。そこではものがもの以上になるのかもしれません。

Rule 4:どんなものでも、使い方次第で大名品

見立ての面白さです。高価、貴重、有名、、、こうした既成の価値概念にとらわれない発想を大切にしたいと考えます。イラストでは、近所で採れた花をポンと挿して、ワインボトルがご覧の通り素敵な花瓶になりました。

大島宗翠氏によると、そもそもお茶の道具は「見立てからはじまったのではないか」とのこと。宇田川宗光氏は「お茶でもてなすとき(中略)お茶の道具をほかの道具で代用しているとお客が驚嘆する。そこに見立ての面白さがある」と語りました。

Rule 5:思い立ったが吉日

工芸という言葉がついていても、特別なものとは考えずに、工芸ピクニックには気軽に出かけて欲しいのです。お茶の世界にも「時を選ばず思い立った時に始めること」を表す「不時」という言葉があります、との田中仙堂氏のコメントもありました。TPCの心得第3条をそのまま拝借しました。

Rule 6:一座建立、一味同心。私のものは皆のもの。

一座建立とは、主客の一体感のこと。一味同心とは、みんな同じ心になって力を合わせること。ともに茶道の言葉です。参加者が渾然一体となって一つの場を共有しようとするこうしたお茶の精神は私たちの目指す境地でもあります。世阿弥が風姿花伝の中で用いた「一座建立」はいまでも茶会の初心者にとっての心得となっている、と田中仙堂氏がご指摘下さいました。共有するどころか、人のものでも何でもかんでも自分のものにしてしまわないと気が済まない、ドラえもんに出てくるジャイアンとは真逆だね、と私たちの中ではイメージしています。
お気に入りの工芸は是非ほかの人にも使ってもらいましょう。そして喜びを分かち合いましょう。

Rule 7:料理を愛でる。器を味わう。

工芸ピクニックは気軽さゆえに日常の延長でもありながら、その一方で、お気に入りの工芸をふだんとは異なった環境で楽しむという意味で、ちょっとしたハレの舞台でもあります。五感を総動員して、料理とともに工芸をあらためて味わってほしい、という意味を込めました。

Rule 8:ピクニックに事件はつきものである。泣いたりするのは違うと感じてる。

田中仙堂氏によると松平不昧(ふまい)は「客の粗相は亭主の粗相」という言葉を茶の心得として残しているとのこと。大島宗翠氏によると、ある大茶人の茶会で客が茶碗を割ってしまった。そこでその亭主がなんといったかというと、「またお前割れよったか」と。古い器には膠で継いだ(補修した)ものがあり、そこがまた割れたのかもしれません。あるいは本当にその客が割ってしまったのかもしれません。真偽のほどはわかりませんが、いずれにしても割った客が非常に助かった、というエピソードです。また宇田川宗光氏からは「トラブルはつきものだが、昔の茶人は処理がうまくて、うまく処理するとそれが逸話になって語り継がれたりする」とのお言葉がありました。

総じて、トラブルはつきものだという前提で、それをどのように処理するのかの機転が問われているようです。客のせいにしたり、場の雰囲気を台無しにするようなことはお茶の世界でも私たちの工芸ピクニックでも感心できません。

Rule 9:地域と風土。時空の遊びに出かけよう。

漆の作家さんがおよそ400年前の漆の重箱を持参して工芸ピクニックに参加下さったことがあります。江戸時代生まれのこの重箱はどんな運命を辿って今日、ここで私たちの目を楽しませてくれているのでしょうか?話題はおのずとそんな方向に進み、私たちの想像力は次から次へとふくらみます。たった一つの重箱が私たちを時空の遊びに連れだしてくれたのです。

お茶道具を容れる箱にはふつうその道具の銘(名前)、作者、来歴などが記してあるのですが、これについて田中仙堂氏は「箱は時空の旅をしていることを語っている」と端的にご指摘下さいました。

「楽しいというのは、実は人と分かち合うことで倍増するのだと思います。その時そこにいる人だけでなく、この道具を愛した人やこれから愛していく人がいる。そういう幅や意味をもって、楽しみは人と分かち合うと倍増すると思います」という田中仙堂氏のひとことは、道具を巡る時空の広がりを一層はっきりと印象付けてくれました。

シンポジウムでは、まだまだここにご紹介しきれないほどの、興味深いお話が沢山ありました。私たちの工芸ピクニックが茶道に象徴される日本的な精神性を引き継ぎながら、人とモノとをつなぐ大事な役割を担う可能性を再確認できましたし、そのことを9か条の心得で多少なりとも提示し得たのではと自負致しました。

さぁ、みなさん、9か条の心得を守って自由な境地で時空の遊びに出かけましょう。心得というルールのないところには自由もありません。